ネットフリックスのオリジナル「二人のローマ教皇」をiPadで観ながら、先輩からの寄稿打診のメールを眺め、何を描こうか考え始めた。今日はJan 312020。ブレグジット当日のロンドン。

 

ロンドンに来て3年。仕事は新興国の現地企業向の営業である。ロシア・CIS・中東欧やアフリカが担当。加えて欧阿全体のプロジェクト向ファイナンスを所管。全ての国に顧客がいるわけではないが合計70国以上を一応担当していて、テロとか起きると大騒ぎになる。北はロシアやカザフ、南はヨハネスに仕事が多い。政府系機関や輸出入の多いマルチナショナルの大企業が主な交渉相手だ。プロジェクト関連では再エネ、特に英仏の洋上発電や中東の淡水化や太陽光発電等が多く、サイトに訪問したりする。如水会の人間も沢山いる日本の商社やエネルギー会社、欧米大手EDFTOTAL、インフラファンドや大手機関投資家が主な顧客だ。平成元年からの社会人生活では常に海外顧客と接点があり、日本と海外の金融仲介が主な仕事だった。中小企業から大企業、政府関連企業等多様な顧客とのクロスボーダー取引となり、振り返るに実に様々な人材や制度に対峙してきた。

 

 初めて行く国も沢山あり、顧客の情報を必死に勉強し、段々とその国について調べる時間が増え実に多くのことを初めて知った。例えばタシケントに行くと日本人捕虜の作った教会に驚き、カザフでは黒川紀章のタワーの存在を知った。南アフリカでは、この国はまだ25歳くらいと言われ、極寒のロシアではオリガルヒの話を聞いた。小国では大統領や首相の名前も初耳で、旧宗主国や歴史も大半は知らないことばかり。更に周辺国との揉め事の歴史や宗教変遷等細部まではフォローできない。しかし海外のビジネスマンが日本の事を勉強していると嬉しく感じるのと同じで、自分なりに色々勉強していくとウケるものだ。そして小国でも頭の切れるエリートがいて日本への関心も高い。勿論中国の一帯一路はすべての国に影響あるが、文化含め日本は好かれ尊敬されてると感じることは実に多い。初めての国だと大使館やJETROに伺い現状アップしてから本戦に臨むようにしているが、自分が社会人となった以降の話でも、中東欧の民主化やロシアの変遷、また南アの差別撤廃以降の現実ややりきれない貧困、中東の迷走、、あれだけ新聞で大見出しになっていたのに、その意味を考えたことは無かったのだなと勉強不足と感じる事が多い。そして、いかに日本とは遠いのかと大いに感じる毎日である。なお、当地でアジアといえばインド。日本はFarEastAsiaなのだ。最近は耐性も更に上がり、アラムコがドローンで攻撃されても、ロンドンブリッジでテロが起きても、あまり驚かなくなった。勿論ビジネスに影響ないかは毎回チェックするけれど。

 

アメリカ勤務時は巨大でダイナミックで透明な市場に圧倒されたが、欧州は小国が乱立する極めてクローズドでプライベートなマーケットと感じる。世界の殆どの国は地続きで、国境の向こう側には当たり前のように違う国がある。色々なルールや慣行がちがい管理にコストがかかるし、隣国の政策に頻繁に影響される。だからEU等の共同体が出来る訳だ。その国境自体も、過去から何度も引き直されたものが多い。アフリカでは民族と関係なく縦横真っ直ぐに宗主国が地図の上に国境線を引いた。揉め事は消えることは決してなかろうと確信する。比較するにイギリスなどの島国は隣国と離れ、国境線は明確で、独立心も強い。フランスとかハンガリーあたりと比べても、イギリスはヨーロッパとは違う国だなと感じる。天気悪く太陽が出ず隠な人が多いのは北欧や中東欧も同じだが、孤独担当の大臣を置いたり、自律性を重んじる思考は大陸とは違う人達なのねと感じさせる。ボリスやファラージュだけでなく、Orderと叫ぶBrexit審議の中継や裁判所のカツラを被った古めかしい裁判官等を見かけるに、ちょっと個性の強い面倒な人たちと感じることが多い。独仏の対応や南欧のリラックスした対応に、移民等の現実が重なると、EUに不満を持つ層が出てくる事は自然だと思う。さらに国内においてもイングランド人とスコットランド人はお互い相容れないし、ラグビーチームのイギリス統一なんてお話にならないと真剣に思っている。掛かる分断、独立志向が底溜まりにある中で、サッチャーの頃からの独立の動きは自然とも言える、勿論過半数は微妙な線だった訳だが。

 

今のオフィスはOld Baileyという刑事裁判所の前にあり、様々な問題を抱えたひとが集まり易い。大きな裁判がある時はデモ隊と警察が揉めるので会社の裏口から出入りする。道に人が溢れて騒ぎ出すので、うちのスタッフも外を覗き込み仕事にならない。比較的裕福でない年配の白人層と様々な年代と人種の塊の二手に分かれ衝突する、まさに離脱プロコンの構図だと実感する。ロシアでもアフリカでもビジネスの場でブレグジットの話題になる。これらの日常を経て遂に離脱となりカウントダウンも終わった。此れから物事が決まり、着実に生活に影響が出てくるのだろう。

 

ところで今の担当部は70人の所帯。こういう仕事なので日本人は10人。散歩しながら数えたら、20カ国以上の出身者がいて、まあ纏まりのない部隊だ。プロジェクトは主戦場の欧州各国出身者、ロシア営業はロシア人、アフリカに多いインド人がアフリカ担当等、そしてポツポツとイギリス人とアイルランド人が地味に存在している。ちなみにアメリカ人は居ない。

 

中にはノーベル賞受賞の末裔とかファンドや格付機関のモデラー、世銀でアジア開発を支援してきたと言った強者も居る。Emerging国の中流家庭から奨学金で欧米大学に進み、アグレッシブにのし上がろうという若者も沢山居る。YouTubeをみてWhatsUpで家族と会話しつつ、Internetも駆使してスキルを上げてロンドンでの成功を目指して努力している。人事評価や採用面接でも売り込みがとても上手で、金や肩書にとても拘る。彼らの向上心や拘りに直面するに、能力は日本人も優秀だが、国際的なビジネスでの競争力については、差が出るのが当然と感じることが多い。当地ではプライベートを楽しもうという気概や自分のビジョンについても意識が高い。個人の価値観の違いであり、何が正しいという話ではないが、自分としては、多様な価値観と多様な人材と仕事が出来る事は今も毎日成長に繋がり、やりがいのある状況と感じている。常に何をしていくかを考えるのに色々なアイデアをもらっている。

 

アメリカ人も元気だ。先日思い立ち、マンハッタンの家を売ってハワイに移住したアメリカ時代の同僚に連絡した。早速ロン毛おやじサーファーの写真がGMAILで送られてきた。人生やりたい事リストに基づき着々とこなしている・金融のことはすっかり忘れましたよ、と書いてあり、まさに典型的な根明のアメリカ人である。尊敬する人生の先輩の満足オーラ満載の話にパワーを貰って得をした気がする。

 

仕事や職場のことをツラツラと書きましたが、あらためて国立の四年間を振り返るに、社会人の30年とは違う意味が確かにあったと思います。山のような情報と目まぐるしく変化する環境において、今の国立で現役が何故テニスをしているのかは正直わかりません。練習やリーグ戦等を通じた成長の高揚感や仲間との絆等が今も我々を惹きつけているのでしょうか。

 

皆さん卒業後は色々な仕事や色々な仲間と時間を共にし、学生時代と比べ、考え方や目標も大なり小なり変わってきてるかと思います。我々の選択肢は無限にある中で、お互い四年間鍛錬した体力を元に健康に、色々な世界に広がり、励み、目的を成就する事を祈願します。そして球朋会等で面白く、楽しく話したいと思います。今後もお付き合いよろしくお願いします。