当事者中心の認知症施策 

 

平成8年卒業 広岡真生(川崎市役所シティプロモーション担当)

 

【ガイアの夜明け、当事者の肉声】

 

 2015712日放送のテレビ東京「ガイアの夜明け」は、「それでも働きたい…認知症と仕事 両立できる新時代」として、若年性アルツハイマーの丹野さん(41才男性)の職場での様子を特集している。丹野さんはネッツトヨタ仙台店で総務系の事務補助の仕事につく、元トップセールスマン。仕事の手順を克明に記したノートを横に置き、ときに同僚たちの助けも借りつつ、事務作業をこなしていく。また、セールスマン時代の経験を活かし、新人の研修講師も務める。

 

 39歳で発症した丹野さんは、将来に絶望し退職も覚悟した。しかし社長の「職場に帰ってこい」の一言に助けられる。この番組が非常に興味深いのは、若年性認知症の当事者が実名で登場し、仕事上の工夫や生活の悩みなどを、自らの言葉で語っていることだ。「やれなくなってしまったこと、記憶が抜けてしまうことも多いのですが、何もできなくなってしまったわけではありません」「周囲の助けがあれば、残っている機能を活用し働くこともできます」。こうした当事者の力強い言葉は、周囲の支援者や行政マンのみならず、多くの人々に気づきをもたらしてくれる。

 

【「認知症」を取巻く課題】

 

 わが国の認知症の発症者数は462万人で、65歳以上高齢者3,080万人の15%に達する。また、認知症の前段となるMCI(軽度認知障害)400万人を加えると、全人口の6%強を占める。全人口の6%というと、障害者(人口比6%)と同程度となり、かなりのボリュームであることがわかる。

 

 介護や認知症に関するメディアの取上げ方は、①認知症患者の増大、②介護保険財政の逼迫(介護保険料の全国平均2,911円(2000年)→5,514円(15年)など)、③介護人材の不足(有効求人倍率は2倍、東京圏では4倍と深刻な人手不足。全業種平均と比較して給与は月額10万円低い、など)、④施設・サービスの不足(ワタミが介護事業から撤退など)、⑤家族・支援者の疲弊(介護疲れによる無理心中など)が多く、いずれも金銭的・人的・制度的な不安をあおるトーンである。

 

 たしかに、群馬県渋川市の有料老人ホーム「たまゆら」全焼事件や、川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ」連続転落死・暴行・虐待事件など、センセーショナルな事件・事故が世間の関心を集めた。それらの報道の結果として、「介護は大変」「認知症は怖い」「アルツハイマーで人生が終わる」という極端なイメージが流布している。しかし冒頭に取上げた、現役で働く若年性認知症患者の事例からもわかるように、必ずしも「認知症=24時間介護」ではなく、それどころか、周囲の適切な支えがあれば豊かな人生を過ごすことも可能となる。

 

【単純に支援「対象者」なのか】

 

 認知症患者の支援には、MCI(軽度認知障害)などの初期段階における対応が重要とされ、そのため各自治体・医療機関における早期診断が広がっている。しかし診断はするものの患者や家族への支援体制は十分とは言えず、そのため「医師からアルツハイマー型認知症と告知され、目の前が真っ暗になった」「認知症と診断され、なにも手につかなくなった。これからの人生を前向きで生きられる言葉が欲しかった」など、当事者からの声があがっている。

 

 そもそも認知症の症状には個人差が大きく、ひとりひとりの能力にも違いがある。「何もわからない、何もできない、かわいそうな人」という先入観を捨て、できることを最大限活かした支援体制を早期に構築することで、本人のみならず家族・地域・支援者も前向きになることができる。そのためにも当事者の声に耳を傾け、当事者中心の支援体制に舵を切りたい。

 

【認知症支援の施策メニュー】

 

 ここで、川崎市における認知症支援の具他的取り組みについて述べておきたい。

 

 まずは、医療・介護の連携、とりわけ医療関係者の人材育成が重要となる。地域のかかりつけ医により認知症の早期発見と、患者の個別具体的な診断が実施できる体制構築を進めている。さらに医療従事者が、家族介護負担への理解を示し、地域の認知症介護サービス活用手法を知悉することで、患者本人の不安感を取り除き、医療機関を入り口とした適切な支援体制構築が可能となる。

 

 二つ目が、「初期集中支援チーム」の設置と、「認知症ケアパス」の策定である。「初期集中支援チーム」では、複数の専門職が認知症の本人や家族を訪問し、早期の適切な治療・支援を実施する。また、症状に応じた適切なサービス提供の流れをパッケージ化した「認知症ケアパス」を確立することで、本人のニーズや家族・地域の状況に応じた切れ目のないサービス提供を可能とする。

 

 三つ目が、認知症サポーターの養成である。これには地域における認知症の理解者を増やし、多くの市民が関わる地域サポート体制を構築するねらいがある。企業における職員研修や、ショッピングセンター・商店街での接客研修、小中学校での出前授業や、大学との共同研究など、市民向け講座に限らずさまざまな機会を捉えた展開を探る。また、このような場面でこそ、当事者の生の意見に触れる機会を作ることが重要となる。

 

【当事者の意見に耳を傾ける】

 

 2015年度、日本医学ジャーナリスト協会賞書籍部門優秀賞を受賞した「認知症になった私が伝えたいこと(佐藤雅彦)」では、「失った機能を悩んだり、嘆いたりするのではなく、残されている自分の能力を信じましょう。認知症になっても、楽しみや張り合いのある暮らしを送ることができます」という、当事者の思いに触れることができる。認知症当事者の声を積極的に取り込むことで、「認知症に優しい社会」から、「認知症とともに生きる社会」へ、長期スパンの施策設計が必要とされている。

 

※広岡氏には20151111日(水)の球朋総会にて、同様のテーマでご講演いただきました。著書『川崎モデルの実践~多様な就労支援が生きる力を育む~(ぎょうせい、川崎市生活保護自立支援室編集)が出版されています。