米英駐在の記

1992年卒 武山 靖博

202112月中旬。コロナ禍で外国旅行の制約が多いことから英国内ウェールズへ日帰り旅行中の私に2年先輩でいらっしゃる90卒の中野さんから本寄稿の依頼があった。元々話し上手、書き上手でもなく、かつ、海外駐在経験の多い諸先輩が多くいらっしゃる中、お受けする事に躊躇したものの、現役時代軟式テニスで期待に沿えなかったことへのせめてもの償いとしてお受けしようと思い、寄稿させていただくことになりました。

 

バブルが明確に崩壊期に入った92年に社会人となり、早いものでこの4月で社会人生活満30年を迎える。この間、海外勤務はニューヨークで2回(2003/112008/3, 2015/122019/6)・計7年半、現在のロンドンで2年半(2019/7~)と合計10年になる。ロンドン勤務に関しては一昨年、3年先輩である井上さんが寄稿されたばかりであり、また、一年下の山口君は圧倒的にロンドン歴も長く、お受けしたのは良いが、あまり掘り下げすぎると知識と経験の浅さが露呈してしまうので、「米国」と「英国」、そして「日本」との比較という観点で感じるところをつらつらと書かせていただければと思います。

 

とはいえ、「米国」といっても、東海岸、西海岸、中西部、南部では「米国」に関する印象もかなり異なると思われます。更に言えば東海岸の中でもニューヨークとワシントンでも相当の違いがあります。又、日系企業に勤める米国人、英国人は幾分日本的な発想・文化・物の進め方に親近感を感じる人達が多く、そのような人達との付き合いが多いことから、少し歪んだ「米国人」、「英国人」像の下での雑感である点、差し引いていだければ幸いです。

 

「米国と英国どちらが好きですか?」。「ニューヨークから異動して来ました」と言うと、アイスブレーク的に話のきっかけとして良く聞かれる質問である。気を利かせて答えるならば、米国人に聞かれた際には「米国」と答え、英国人から聞かれた時には「英国」と答えるのかもしれないが、私は「両方好きだが、仕事は米国、プライベートは英国が好きです」と答えている。

 

米国では(少なくともニューヨークでは)、先ず「Yes or No」が非常にストレートである。これは非ネイティブスピーカーとしてはとても有難い。加えて、相対的に使っている単語数も少ないと感じる。恐らく、世界中の資金・知恵を集める為の工夫であるし結果でもある。ネイティブ以外でも必要十分なビジネスコミュニケーションが図り易い環境である。10年英語圏に滞在しながら、まだまだ英語力に劣等感を感じている私としては、米国人とのコミュニケーションの方が楽である。日本人の英語学習・日本で耳にする英語の大部分がアメリカ英語だという事もあるだろう。

一方、英国での会話は米国ほど直截的ではなく、若干日本のそれに似ていて、本心が読み難いと感じている。また、使っている単語数も多い。会話が終わった後に「で、どっちだったんだろう」と分からないこともあり、その後のメールやチャットで探ったりしている。階級によって使う単語が違うというのも、更にコミュニケーションの難易度を上げている理由のひとつだ。

市場の規模でもやはり米国である。巨大なドメスティックマーケットで、資金があれば参入障壁少なくビジネスが出来る。話も一生懸命聞いて来る。英国は離脱したがEUは加盟各国で法律・規制対応など含め、まだまだ一枚岩からはほど遠く、ビジネスのやり方も違う。英国を始め欧州各国は歴史がある質の高いものづくりが強いことも、日系企業のビジネス難易度が高い要因の一つとなっている。

更に言えば、金融規制対応などにおいても米国の方がやり易い。米国は「これはダメ、これはOK、これをやるにはこれが必要」というような「ルールベース」が多く、客観的・明確である。〇・×式試験に慣れている身としてはシンプルである。他方、英国は「プリンシプルベース」である。原理原則が示され、それに基づいて自分なりに個別事象の是非を判断することが求められる。複雑化する社会においては、想定しうる事態・事例を予めしらみつぶしに列挙することは不可能な為、恐らくアプローチとしては「プリンシプルベース」が先進的で正しいと思うのだが、本当に自分達の判断が適切なのかどうかが分からないという不安が残る。英国においてコンサルティング業が盛んなのもここに理由がある。

 話は少し脱線するが、「英国の教育は考えさせることに非常に重点を置いている」と、ある勉強会で耳にした。米国も小さいころからプレゼンテーションやディベート、ディスカッションを授業の中に取り込んでいるが、カリキュラムを見ると日本の主要5教科+選択授業(美術・体育etc)のように幅広い知識を身に付けるように科目数が相応にある。一方、英国では、中学校くらいから専門科目を3つくらいに絞るそうだ。更に、「歴史」を選択しても、人類の誕生から現在までの通史を学ぶという形式ではなく、一定の時期を深く掘り下げる。そして試験問題は資料が幾つか示され、そこから意見を書かせるような記述式が多いそうだ。一橋大学の二次試験問題に近いかもしれない。英国生まれ英国育ちの日本人で高校時代日本に短期留学したという人が「日本で学校に通って初めて歴史の流れが分かって、これまで自分が学習した色々なことが繋がった」と言っていたのを聞いたことがある。英国で中等学校教育を通じて、〇・×ではなく、自分で判断することが求められる癖が確りとついているので、「プリンシプルベース」のアプローチが受け入れられ易いのかもしれない。

 分かり易い英語コミュニケーションと分かり易いルール、オープンな競争環境、といったあたりが「仕事は米国が好き」と私が答える理由である。

 

 さて、プライベートについて言えば、先ほどの直截的な表現が反対に作用する。米国人(恐らく特にニューヨーカーと言われる人)は自分の気持ちをストレートに表現して来るが、所謂「空気を読め」とか「周りをもっと気にしろ」とか言いたくなる場面が多々ある。客が居ても(それなりのお店では違うが)、店員同士で楽しく話していて、行列が出来ていても気にしない。一方、英国は日本に近しいと感じる。笑顔やマナーが殆どの店で感じられる。「世の中の常識」や「周りの目」を気にするという雰囲気もある。普段の生活を送る上での心地よさは、長らくの時間を掛けて染みついた日本人的な感覚に近い英国の方を上げたい。

芸術・文化に関しても、やはり英国の方が好きだ。美術館、博物館、劇場、コンサートホールなど米国(ニューヨーク)にも世界に誇る素晴らしいものはあるが、英国から少し足を延ばせば見ることが出来る欧州各国内のものを含めれば差は大きい。但し、この点に関しては、日本と英米両国には雲泥の差がある。数年前、メトロポリタン美術館は旅行者などの入館料を有料化したが、地元の人は引き続き無料で観れる(勿論、自分で価値を評価して入館料を払ったり、寄付を行っている人も沢山いる)。日本では「美術館に行く」、「交響楽団の音楽を聴きに行く」という人はまだまだ例外感があるが、英米両国とも、それらは普通の市民の普段の生活に非常に近い位置にあると感じる。私自身も直近4年ほど単身赴任生活となっていることから、芸術に触れてみようと週末時間を見つけてはふらふらと美術館やオペラ、バレエの観賞などに行っている。もともと芸術センスも関心もなく、小学校での通知表では美術は「2」という評価が多かった私であるが、色々な絵を貪り見ながら、自分はどのようなものに心打たれ、魅力を感じるのか試している。然しながら、まだまだ「教科書やガイドブックに載っていた」とかいうミーハー的なレベル以上のものを残念ながら見い出せていない。

ゴルフ生活も英国を米国比で魅力的なものにしている大きな理由の一つだ。米国も日本と比べれば、ゴルフ場は近く、安く、スループレーの為短時間でラウンドできるという魅力があるが、コンペ、親睦ゴルフの数などを見ると圧倒的に英国が多い。ゴルフ発祥の地には諸説あるようだが、かなり古くからゴルフが行われている国である為であろう。赴任後間もなくから始まったコロナ期間中において、在宅勤務が奨励され、ロックダウンで店が必要最低限以外の閉まった際にも、幸いにも屋外スポーツであるゴルフは殆どの期間を通じてプレーが認められていたことから、ゴルフを通じて日本人駐在員の方々などとお近づきになることが出来たのはとても有難かった。お好きな方々は「遠征」と称してスコットランドのリンクスコース巡りを楽しんでいらっしゃる。私もプレー後コースについて蘊蓄を語れる位まで腕を上げたいものであるが、ここもセンスの問題か大きな壁で立ち塞がれているようだ。なお、スポーツ全般に関して言えば、種類、日本での人気度、商業性などにおいて米国はスポーツ観戦の環境としてはとても素晴らしく、子供連れの期間は米国のそれに魅了されていたが、単身となると判断軸が変わってきた。

 

 以上、これまで自分が駐在経験のある二つの国(米国と英国)について極めて私見で「好き」を語らせていただいた。稚拙な比較である点ご容赦ください。

 

さて、冒頭記載したが、今年で会社生活30年、うち10年が海外生活となる。就職活動をした時には「海外勤務」というものを明確には意識してはいなかったし、それが就職先を決めるうえでの重要要素では全くなかった。入社当時は住友信託銀行という会社名であったが、今振り返ると、軟式テニス部の先輩のかなり多くが就職されていて、ふらっと話しを聞きに行っているうちに、何も知らないに等しかった「信託銀行」の業務・業態を非常に新鮮で面白く感じたのは事実であるが、贅沢な美味しいごはんを立て続けに食べさせていただき、断りづらくなって入ったという面もあることは否めない。そんな就職活動であったが、このような形で海外勤務の経験をさせていただいたことに大変感謝している。これだけ技術が普及し世界中の情報や映像が日本に居ながらにして手に入り、疑似体験が出来るとしても、日本に住んでしかも同じ会社に長く働き続けていると、「常識」というものに囚われずに考え・発想を持つのには努力が必要であり、元来ぎりぎりまで先延ばしをし、要領で表面的に乗り切ろうしてしまう私にはかなり難しいことである。その点、海外に勤務することによって「常識」や「偏見」を疑う機会が否応なく与えられた。特に2つの外国を経験することで日本というものが三次元で比較できているような感覚を時に持つことができ、その意味でも貴重な経験を出来たと感じている。学生の皆さん、若手社会人の皆さんには機会があれば海外での勤務経験を是非お勧めしている。一方で、海外生活が長くなり、球朋会の皆さまへは長らくご無沙汰してしまっている。ソフトテニスをする体力はもう失っているものの、日本に帰国となった際には改めてお付き合いを頂ければ幸いです。

 

末筆となりますが、球朋会会員の皆様のご健勝とご多幸並びに現役学生の皆さんのご活躍を祈念致しております。

 

 

89年卒井上さんとのゴルフ(左上写真の左側が井上さん、右側が武山)

※写真左:ニューヨーク駐在中に観戦したUSオープン。写真右:まだ中に入ったことがないウィンブルドン